祖父がこのビルを建てたのは昭和三十年代です。当時の写真が一枚だけ残っていて、周りはまだ二階建ての木造ばかり。その中で四階建てというのは、相当に思い切ったことだったと聞いています。父はそれを守ることに徹した人で、私が継ぐまで大きな改修を一度もしませんでした。三代目の仕事は、たぶん壊すことと残すことを選び分けることです。祖父は増やす人で、父は守る人でした。私が何をする人になるのかは、まだ自分でも分かりません。
建て替えの話は、何度も出た
建て替えないかという話は、二十年のあいだに四度ありました。数字だけ見れば、建て替えたほうがいいに決まっています。それでも断ってきたのは、今入っているテナントの何軒かが、建て替えのあいだの二年を待てないと分かっていたからです。二年空けたら戻ってこられない商売の人がいる。その人たちが抜けたあとのビルに、私は興味が持てませんでした。新しい建物に別の誰かが入るだけなら、それは私がやらなくてもいい仕事だと思っています。
一階は三年前に入れ替わりました。前の方が三十年やって、体調を理由に閉められた。次を決めるのに一年かけて、条件のいい話をいくつか断りました。断った理由は、通りに面した一階が全部同じような業種になると、この通りは歩いて面白くなくなるからです。自分のビルの都合だけで一階を決めてはいけないと、父から言われたことがあります。その意味が分かるまでに、私は二十年かかりました。今は父の言い分のほうが正しかったと思っています。
通りは、建物じゃなくて人で変わる。それだけは動かない。
二階が、一年空いている
今いちばんの悩みは二階です。前のテナントが出てから一年空いていて、正直、家賃の面では痛い。ただ、急いで埋めて三年で出ていかれるくらいなら、もう少し待つほうがいいと思っています。長く続く商売は、たいてい最初の話し合いの段階で分かるものです。急ぐ人には急ぐ理由があるし、こちらにも急がない理由がある。空いている一年のあいだに、何度か短期で貸してみました。使われている二階は、空いている二階とはまるで違って見えました。