走り始めたのは十年前、体調を崩したのがきっかけです。夜に走ると人が多いので、朝六時にしました。この時間の広小路通は、ほとんど人がいません。信号を待つ必要もないので、端から端まで止まらずに走れます。昼間と同じ道だとは思えないくらい、違う場所に見えます。歩道の幅がこんなに広かったのかと、走り始めた最初の週に驚いたことを今でも覚えています。
掃除をしている人がいる
十年走っていて分かったのは、朝六時にはすでに何人も働いているということです。店の前を掃いている人、荷物を下ろしている人、ごみを集めている人。昼間に通っている人は、たぶんその存在をまったく知りません。この通りがそれなりに清潔なのは、その時間の人たちのおかげです。夜のうちに散らかったものが、朝のうちに片づけられている。その入れ替わりを毎日見ていると、通りが誰かの手で維持されているのだと分かります。
折り返し地点は東端の歩道橋にしています。上に立つと、通りが端まで一直線に見える。ここ以外に、この通りを全体として眺められる場所がありません。歩道を歩いていると、目に入るのは自分のいる区画だけです。一度上から見ると、それぞれの店が同じ一本の道の上にあるのだと実感できます。当たり前のことなのですが、下を歩いているときには、なぜかその当たり前が実感できないんです。
上から一度見ておくと、下を歩くときの感じ方が変わります。
同じ時間に走る人が、少しずつ増えた
始めた頃は、朝に走っている人はほとんど見かけませんでした。今は毎朝、五、六人とすれ違います。誰とも話したことはありませんが、顔は覚えています。会釈だけして通り過ぎる関係が十年続いている。まちの人間関係というのは、案外このくらいの距離のものが多いのかもしれません。名前も知らないのに、しばらく見かけないと心配になる。そういう相手が何人かいる通りは、悪くないと思っています。