この通りに住んでいると言うと、たいてい驚かれます。住むところだと思われていないんですね。実際、同じ建物でも住戸は上のほうだけで、下は全部事務所です。エレベーターで一緒になる人はほとんどが仕事の方なので、朝は会釈だけして降りていく。それが十二年続いています。引っ越してきた当初は、住所を言うたびに説明が必要でした。今はもう慣れて、詳しく聞かれたときだけ話すようにしています。
夜の静かさは、住んでみないと分からない
住む前にいちばん心配したのは音でした。大きな通りに面していますし、うるさいだろうと。ところが実際は、夜十一時を過ぎるとほとんど無音になります。住宅地のほうが、かえって生活の音がするくらいです。人がいなくなる時間があるというのは、都心の真ん中に住む上でずいぶん助かっています。休日の朝も同じで、九時くらいまでは通りに誰もいません。あの時間の広さは、この場所に住んでいる人だけが知っているものだと思います。
不便なのは、日用品を買う場所です。食べる店はいくらでもあるのに、洗剤やごみ袋を買おうとすると意外と歩くことになる。私は結局、月に一度まとめて買って運ぶ生活に落ち着きました。住む人が増えれば店のほうも変わるのでしょうが、住む人が少ないから店がない、店がないから住む人が増えない、という順番になっている気がします。どちらが先かという話をしていても始まらないので、住んでいる人の側から言うしかありません。
住んでいる人がいると分かるだけで、通りの見え方は変わると思うんです。
顔を合わせる機会が、ほとんどない
この通りの上階に住んでいる人は、たぶん私が思っているより多いはずです。ただ、住民同士が顔を合わせる機会がまったくありません。建物ごとにばらばらに暮らしていて、集会も回覧板もない。困ったときに聞ける相手が近所にいないというのは、便利な場所に住んでいる代償なのかもしれません。十二年住んで、同じ通りに住んでいると知っている相手は二人だけです。どちらも、たまたま別の場所で知り合った人でした。