デザインの仕事を独立してやると決めたとき、自宅で十分だと周りには言われました。実際そのとおりで、機材はノートパソコン一台あれば足ります。それでも部屋を借りたのは、人が訪ねてこられる住所がほしかったからです。名刺に自宅の住所を書くのが嫌だった、というのが正直なところでもあります。それに、家で仕事をしていると、始める時間も終わる時間も自分で決めなければならない。それが思ったよりしんどいと分かっていました。

四階の、いちばん奥の部屋

見つけたのは四階の奥にある六坪の部屋でした。エレベーターがないので、階段を三回上がってもらうことになる。それでも、窓から広小路通が見下ろせるのが決め手でした。仕事に詰まったときに窓の下を見ると、人がずっと動いている。動いているものを見ていると、自分も手を動かす気になるから不思議です。内見のとき、不動産屋の方は申し訳なさそうに条件の悪さを並べていましたが、私は窓を開けた時点でほとんど決めていました。

窓からは通りの歩道がまっすぐ見える

借りてから一年で、月に二、三回は誰かが訪ねてくるようになりました。用がある人ばかりではなく、近くに寄ったから、という理由で階段を上がってくる方もいます。四階まで上がってくるのは大変なはずなのに、上がってきた方はなぜかみんな長居していく。上がる手間が、何かのフィルターになっているのかもしれません。用事だけなら電話で済むわけですから、わざわざ来る人には、たいてい用事ではない話があるということだと思います。

階段を三回上がってでも来る人としか会えないなら、それでいいと思っています。

空いている部屋が、まだたくさんある

契約のときに、同じ建物の上の階がいくつも空いていると聞きました。埋まらないのは家賃の問題だけではなくて、そもそも空いていることが誰にも知られていないからだと思います。私も、たまたま入った不動産屋で聞かなければ一生知りませんでした。この通りには、探している人と空いている部屋のあいだに、まだ大きな溝があります。高いから借りられないのではなく、あることを知らないから借りられない。この違いは大きいと思います。